はじめて過去生のセッションを受けたのは今から十八年前くらいで、大塚先生ではなく東京から来た先生に誘導されてのセッションでした。その時は四、五名で二日間行われました。
その時見た過去生は、長崎の原爆の光景でした。私はまだ女学生で、学校は夏休みでした。忘れ物を取りに行った時に教室の扉を開けた瞬間、原爆が落ち、まぶしさと爆風で過去生の私は意識が消えてなくなりました。死んだ意識もないままに亡くなったようでした。
二日目のセッションへ行ったら、前日には参加していなかったアトピーを患っている方がいらして、雑談している時に「アトピーの辛さは被爆者と同等の辛さと新聞に書いてあったよ」と話してくれました。一日目はこの方は参加していないので、私が見た過去生のことは知りません。この偶然に、前日から来ていた皆さんとたいへん驚きました。
数年して長崎の平和公園へ行く機会がありました。原爆投下前の町の地図があり、見てみると爆心地の近くに女学校があり、私が見た過去生はここなのかなと不思議な気持ちになりました。
私のアトピーは色々な治療をしながら、低空飛行状態がずっと続きました。そんな中、昨年はじめて大塚先生のセッションを受けました。アトピーの原因をさぐって色々見た後、十八年前に受けた過去生と同じ、長崎の原爆で亡くなった場面が出てきました。その時先生に名前をきかれて、心の中に浮かんだ「キクエ」という名前をこたえました。
今年になってアトピーの調子を崩し、他の治療を色々としてみましたが良くなりませんでした。よく考えたら、短期間でしたけれど大塚先生のセッションを受けている時が、心も安定してアトピーも落ち着いて調子が良かったなと思い、久しぶりにセッションを受けました。
セッションをしていくと、先生に「本当はアトピーの原因は?」ときかれ、頭をよぎったのは長崎の原爆でした。そして「アトピーで何が言いたいの?」ときかれて「たくさんの人に知ってもらいたい」と、心に浮かんだまま言いました。
「何を伝えたいの?」ときかれて心に浮かんだのは「世界平和」でした。過去生の私キクエさんは、切実に世界の平和を祈っていたようでした。
以前、母から「おじいちゃんが原爆後、手伝いに行ったって言ってたよ」と教えてもらったことがあります。祖父は原因不明で白内障になりました。私も十代の頃と二十代の頃とで、片目ずつアトピー性白内障になりました。これも何かの偶然でしょうか。
世界が平和になるには何をすればいいのか、正直わかりません。でも、世界平和を祈ることは出来るとキクエさんに言われた気がします。戦争に負けて出来た平和ではなく、一人一人が選んだ平和の世の中であって欲しいです。私も祈ることから始めます。
大塚先生のセッションを受けてよかったです。とても感謝しています。